天代家系譜

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伊能忠敬旧宅 -千葉県香取市佐原-
〔史跡・重要伝統的建造物群保存地区〕 

伊能忠敬旧宅(いのうただたか)は、江戸時代に下総国香取郡佐原村(千葉県香取市佐原)の商人で天文学者でした。忠敬自らが測量し完成させた「大日本沿海輿地全図」は、近代日本における地図編纂に大きな影響を与え、世界に日本の測量技術の高さを示すことになりました。

忠敬は延享2年(1745)上総国山辺郡小関村(千葉県山武郡九十九里町)の名主・小関家に生まれました。幼名は三治郎といい、宝暦12年(1762)下総国香取郡佐原村(香取市佐原)にある酒造家の伊能三郎右衛門家へ婿入りし伊能家を継ぎました。当時の佐原村は江戸との舟運で栄え、関東でも有数の商業地域となっていました。
数術が好きだった忠敬は、隠居後の寛政7年(1795)江戸へ移り、天文学者高橋至時(たかはしよしとき)に師事し、暦学、天体観測を熱心に学びました。
蝦夷地でロシアの脅威が高まる中、忠敬と至時は幕府から正式に蝦夷測量の命令が下され、寛政12年(1800)江戸を出発しました。この蝦夷測量で作成した地図に対する幕府の評価は高く、引き続き日本各地の測量を続けるようになります。
文政元年(1818)忠敬は74歳で没しますが、地図はまだ完成していなかったため忠敬の死は秘匿され、地図作りは続けられました。文政4年(1821)地図はようやく完成し「大日本沿海輿地全図」と名づけられました。
忠敬の事績は、旧宅から樋橋(とよはし)を渡った小野川の対岸「伊能忠敬記念館」で見学することができます。樋橋は別名ジャージャー橋、「残したい日本の音風景100選」に選ばれ佐原の名所となっています。佐原の町並みは「重要伝統的建造物群保存地区」に指定され、伊能忠敬旧宅以外にも文化財に指定されている建築物が多く残ります。佐原は江戸時代から水運で栄えた町の面影を偲ぶことができるのです。

地図-伊能忠敬旧宅
香取市観光ガイド
水郷佐原観光協会
2019-05-20

上左 : 伊能忠敬旧宅 国指定史跡
下左 : 伊能忠敬記念館
下中 : 樋橋(ジャージャー橋) 残したい日本の音風景100選
下右 : 佐原の町並み 重要伝統的建造物群保存地区
撮影日:2019年01月24日

伊能忠敬旧宅 国指定史跡
伊能忠敬記念館 樋橋 ジャージャー橋 日本の音風景100選 佐原の街並み 重要伝統的建造物群保存地区

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