長久手古戦場(国指定史跡) -愛知県長久手市武蔵塚-
2022 / 03 / 20 歴史コラム
目次
-
-シェア
長久手古戦場は、天正12年(1584)に羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と徳川家康が熾烈な戦闘を繰り広げた主戦場跡で、国の史跡に指定されています。現在、この場所は「古戦場公園」として整備され、園内には武将の塚や郷土資料室が設けられています。ここから約1Km北にある「色金山歴史公園」には、家康が合戦時に腰掛けて軍議を開いたといわれる床几石が残されています。
小牧・長久手の戦いは、天正12年(1584)3月にはじまりました。秀吉軍と家康・信雄連合軍は、しばらく小牧でにらみ合いましたが、秀吉軍は家康の本拠地岡崎を攻めるために三好信吉を総大将とした別動隊を送りました。その動きを察知した家康も行動を開始し、4月9日長久手で激しい戦闘が行われました。この日の戦いは家康軍の勝利に終わりましたが、後に秀吉は信雄と和睦し、信長の後継者としての地位を確立することになりました。
戦死した池田恒興(美濃大垣城主)の 勝入塚(国指定史跡)は古戦場公園内に、勝入塚から西へ約400m行った公園の一角に、森蘭丸の長兄 森長可の武藏塚(国指定史跡)があります。長久手市が、古戦場ウォークマップ、史跡めぐりおすすめコースなどを作っていますので、あらかじめHPを確認するとよいでしょう。