日本家系図学会 2026令和8年度(第18回)総会を開催することとなりました。下記の要領にて開催いたしますので、皆様ご参加くださいますようご案内申し上げます。会員でなくとも、興味のある方、入会を検討されている方など、どなたでもご参加になれます。ご参加希望の方は日本家系図学会事務局までお申し込み下さい。 一之江名主屋敷は、東京23区内では非常によく保存された古民家です。屋敷林に囲まれた敷地全体から当時の生活を偲ぶことができます。 業務の性格上、出張外出が多くなっております。御用の方は、下記の時期を避け、電話または電子メールで、予定をご確認の上お越しください。外出中は、電話は全て携帯電話に転送されますが、航空機内、自動車運転中、図書館内など、すぐに応答できない場合がございます。その際は、留守番電話サービスにつながりますが、後ほどかけなおしますので、お名前とお電話番号をはっきりとご伝言ください。 ● 令和8年09月24日(木) 東京都内 上田駅から北へ10分ほど歩くと、旧北国街道・柳町があります。上田宿の面影を残す風情のある街並みは、上田宿の時代はかなり栄えていたようですが、今は訪れる人を静かに迎えてくれます。詳しくはこちら… 城輪柵跡が発見されたのは昭和6年のことですが、かなり大規模な遺跡です。出羽国府ではないかとみられていますが、鳥海山を見上げる風光明媚な地に設けられています。詳しくはこちら… 日本家系図学会誌「姓氏と家系」令和8年-1 第35号(会誌通巻第123号)が発行されます。 <目次> 安曇郡は古くから仁科氏が支配した地域ですが、その支流といわれる真々部氏の館跡が、乗護山金龍寺周辺に残されています。ここには、武田信玄による信濃攻略のための軍道「武田の侔道」も開かれ交通の要衝となっていました。詳しくはこちら… アメリカ人の動物学者モース博士は、横浜から東京に向かう汽車の窓から大森貝塚の貝層を発見した、といわれます。今でも、東海道線・京浜東北線が遺跡のすぐ横を通過して行きます。「日本考古学発祥の地」といわれる大森貝塚遺跡庭園は、今では住宅地の傍らで縄文時代の歴史を伝えています。 能登畠山氏の七尾城は、七尾湾を見下ろす山の上に築かれました。単なる城郭ではなく城を中核とした街を形成していました。戦国時代の山城跡としては訪れる人も多く、休日にはボランティアガイドが案内をしてくれます。能登地震の影響で通行できない箇所もありますので、訪ねる方は注意が必要です。 古代ローマの遺跡を思わせる美しい連続アーチ橋「タウシュベツ川橋梁」は近年劣化が激しく、いつまで連続アーチがつながっているか危ぶまれる状況です。春~秋はヒグマの出没する地域でもあり、1月~2月の厳冬期は糠平湖の凍った湖面を歩いて行けますが、大雪自然ガイドセンターのツアーに参加するのがよいでしょう。
-記-
詳しくはこちら…
● 令和8年09月30日(水) 東京都内
発行日 令和8年6月1日
・甲斐武田氏と安芸武田氏の関係とその庶流の系譜 ‥ 真野信治
・大和の筒井氏と乾党諸氏(下)‥ 宝賀寿男
・南部(大浦)光信の津軽入部時の従士に関する検討(6)
~津軽為信の出自検討および下久慈の検討も併せて~ ‥ 岩城大介
・信濃赤木氏の西遷と神林氏・三村氏 ‥ 宮下玄覇・宝賀 寿男
・コラム 旅…
詳しくはこちら…
詳しくはこちら
詳しくはこちら……