金子みすゞ記念館 ‐山口県長門市仙崎‐
2023 / 01 / 20 歴史コラム
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「鈴と、小鳥と、それから私わたし、みんなちがって、みんないい」、童謡詩人金子みすゞの代表作の一つ『私と小鳥と鈴と』の一説です。金子みすゞ(本名テル)は、明治36年(1903)山口県大津郡仙崎村(現長門市仙崎)で生まれました。成績優秀、おとなしく読書好きで、だれにでも優しい人であったといいます。20歳の頃に童謡を書き始め、雑誌「童話」「婦人倶楽部」「婦人画報』「金の星」 に次々と作品を投稿、雑誌「童話」を中心に作品を発表し、西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されました。みすゞは「童謡詩人会」への入会をみとめられ、会員は、西條八十、泉鏡花、北原白秋、島崎藤村、野口雨情、三木露風、若山牧水などで、女性では与謝野晶子と金子みすヾの二人だけでした。 叔父(義父)の経営する上山文英堂の番頭格 宮本啓喜と結婚し、娘を1人もうけましたが、文学に興味のない夫のため、創作活動には支障があったようです。最終的には離婚が決まりましたが、娘の親権で夫と折り合いがつかづ、手元で娘を育てたかったみすゞは絶望し、昭和5年(1930)服毒自殺を遂げました。享年28歳。その後長く埋もれていたみすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現金子みすゞ記念館館長)の執念と熱意によって再び世に送り出され、今では小学校「国語」の教科書に掲載されるようになりました。金子みすゞ記念館は長門市仙崎にあり、個人の事績を偲ぶことが出来ます。
撮影日2020年04月09日
Tag : 金子みすゞ