お知らせ

  • 2024.3.1 お知らせ 出張外出予定

    業務の性格上、出張外出が多くなっております。御用の方は、下記の時期を避け、電話または電子メールで、予定をご確認の上お越しください。外出中は、電話は全て携帯電話に転送されますが、航空機内、自動車運転中、図書館内など、すぐに応答できない場合がございます。その際は、留守番電話サービスにつながりますが、後ほどかけなおしますので、お名前とお電話番号をはっきりとご伝言ください。

    ● 令和6年03月04日(月)-06日(水) 沖縄地方
    ● 令和6年03月12日(火)-13日(水)…

  • 2024.2.20 お知らせ 歴史コラム「記・歴史の窓」 令和6年2月更新

    軽井沢でも、追分宿まで来れば静かなたたずまいでゆっくり過ごせるため、この辺りまで足を延ばす観光客もいるようです。お蕎麦が美味しいのも魅力です。分去れの碑から中山道は小田井宿へ、北國街道は小諸宿へと向かって行きます。詳しくはこちら

  • 2024.2.20 歴史コラム 中山道 追分宿 ‐長野県北佐久郡軽井沢町追分‐

    上野と信濃の国境、碓氷峠の西に位置する浅間三宿は、中山道を行く旅人たちにとって重要な宿場町でした。東から軽井沢宿、沓掛宿、追分宿で追分宿で北国街道と中山道が分岐していました。軽井沢は、明治時代に入ると別荘地として有名になりましたが、開発に伴い当時の宿場町の痕跡は消え去り、僅かに残された遺物から当時の面影をしのぶ程度になっています。追分宿は中山道と北国街道との分かれ道で交通の要衝でもあり、旅籠も茶屋も多く、三宿の中でも大いに賑わった場所でした。旧街道には分去れの碑、一里塚、高札場跡、石仏な…

  • 2024.1.20 お知らせ 歴史コラム「記・歴史の窓」 令和6年1月更新

    出島の周辺は、今では埋め立てられて陸地になっていますが、築造当時は扇形の島でした。19世紀初頭の姿へ復元整備が進みつつあります。観光客や修学旅行など多くの人で賑わっていました。詳しくはこちら…

  • 2024.1.20 歴史コラム 出島和蘭商館跡(国指定史跡) ‐長崎県長崎市出島町‐

    日本が鎖国していた時代、長崎が海外に開かれた唯一の場所でした。出島は寛永13年(1636)に築造され、安政6年(1859)にオランダ商館が閉鎖される218年間に渡り、西欧に開かれた窓口として、日本の近代化に大きな役割を果たしました。築造当時は岬の先端に扇形に築かれた人工島でしたが、明治時代以降長崎港の埋め立て等、改修・改良工事が度々実施され、出島の当時の姿は失われてしまいました。大正11年(1922)、高島秋帆旧宅、シーボルト宅跡、平戸和蘭商館跡とともに、長崎県で初めて国の史跡に登録され…

  • 2023.12.20 お知らせ 歴史コラム「記・歴史の窓」 令和5年12月更新

    軍艦島は、絶海に浮かぶ独特な景観ですが、当時は最先端の設備を誇る炭鉱の島でした。石炭は良質で高値で売られたといわれています。近代日本の産業を支えた島も、今では廃墟となっていますが、現在の建築技術では保存は難しく、この姿をいつまで見ることができるのかわからないようです。
    詳しくはこちら…

  • 2023.12.20 歴史コラム 端島-軍艦島(世界遺産) ‐長崎県長崎市高島町‐

    通称軍艦島の名で呼ばれる端島は、長崎港の18Km沖合の海底炭鉱の島で、明治から昭和49年の閉山まで炭鉱の島として栄えました。もともと小さな岩礁でしかなかった端島は、度々の埋め立てで拡張し、南北約480m、東西約160m、周囲約1,200m、面積約65,000㎡となり、周囲は岸壁で囲まれました。当時としては珍しい高層鉄筋アパート、学校、病院、映画館など、生活に必要な諸施設が建ちならび、その外観が軍艦「土佐」に似ていたことから「軍艦島」呼ばれるようになりました。平成27年(2015)「明治日…

  • 2023.12.12 お知らせ 姓氏と家系30 -日本家系図学会

    日本家系図学会誌「姓氏と家系」第30号が、令和5年11月30日発行されました。

    姓氏と家系 令和5年-2 第30号(会誌通巻第118号)

    <目次>
    ・陸奥の石城国造と岩城氏一族(下) ‥ 宝賀寿男
    ・中田憲信関係系図に関する小考
     ―史料発見と華族関係系図を中心― ‥ 松永昂大
    ・古代における鰻(アワビ)と玉作部について
     ―特に佐渡鰻と長門鰻に着目して― ‥ 齊藤秀幸
    ・南部(大浦)光信の津軽入部時の従士に関す…

  • 2023.11.19 お知らせ 歴史コラム「記・歴史の窓」 令和5年11月更新

    清水寺は、京都の代表的寺院で、日本人なら知らない人がいないほど有名です。早朝から修学旅行や外国人観光客など、多くの人々が訪れていますした。京都市街を見下ろす本堂舞台は何度眺めても見事です。詳しくはこちら…

  • 2023.11.19 歴史コラム 音羽山 清水寺(国宝・世界遺産) ‐京都府京都市東山区清……

    清水寺(きよみずでら)は、北法相宗の大本山の寺院で、山号は音羽山、寺の建つ地が音羽山です。開創は宝亀9年(778)、平安京が開かれる以前から創建された歴史ある寺院の一つです。音羽山の断崖に建つ清水寺の本堂は、寛永10年(1633)徳川家光の寄進により再建された木造建築で、本尊の千手観音菩薩をお祀りしています。大きな慈悲を象徴する観音さまの霊場として、古くから庶民に開かれ幅広い層から親しまれ、古い史書や文学のなかには、多くの人々が清水寺参詣を楽しむ様子が描かれています。境内には、国宝と重要…

  • 歴史の窓 アーカイブス

    過去の記事はこちらをご覧ください。

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