奈良井宿は塩尻市、木曽の中山道の宿の中でも北に位置します。当時の雰囲気が色濃く残され観光名所ともなっていて、いつも観光客で賑わっています。詳しくはこちら…
奈良井宿は、中山道六十九次の中で、東海道と共有する草津・大津宿を除いた板橋から守山まで中山道六十七宿中、どちらから数えても34番目に位置する丁度真ん中の宿場町です。木曽十一宿の中では最も標高が高く、難所の鳥居峠を控え、多くの旅人で栄えた宿場町は「奈良井千軒」と謳われました。町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、往時の面影を色濃く残しており、観光名所としても知られます。
本州の最北の地、下北半島にある恐山には、日本三大霊場の一つ「恐山菩提寺」があります。本坊はむつ市田名部にある円通寺で曹洞宗の寺院です。恐山は今からおよそ1200年前、天台宗の慈覚大師円仁によって開かれました。地蔵菩薩を自ら彫り本尊としたと伝えられます。火山ガスが噴出するこの一帯は、岩肌が露出し独自の景観を作り出し地獄に、一方、宇曽利山湖と白い砂浜は極楽になぞらえられ、天国と地獄の境目を表す祈りの場となっているそうです。恐山は死者の集まる山とされ、恐山大祭では、イタコの口寄せが行われることで… 横須賀は、幕末から日本海軍の軍港として発展してきました。横須賀本港と長浦港は、米海軍と海上自衛隊が利用しており、多くの艦船を間近に見ることができます。どんな船が停泊しているかはお楽しみです。運が良ければ、米原子力航空母艦が見られるかもしれません。海風をうけながら軍港をめぐるのは、ことのほか気持ちが良いものです。望遠レンズを付けたカメラを構える軍艦ファンも乗船していることでしょう。軍港巡りの後はどぶ板通りでハンバーガーや海軍カレーを楽しめます。
角館は元和元年(1620) 角館地方を領していた芦名義勝によって造られました。その後は秋田藩主佐竹氏の一族 佐竹北家に受け継がれ、現在でも当時の地割が踏襲され、武家屋敷等多くの建造物が残されて、「みちのくの小京都」とも呼ばれています。武家屋敷が立ち並ぶ通りは、「内町(うちまち)」と呼ばれ、母屋・門・蔵の屋敷構え、枡形など武家町の特性がよく残されています。武家屋敷には桜の木が多く、桜の名所としても知られています。
角館 武家屋敷通りは、桜の名所として有名ですが、梅雨時の深い緑色も美しく味わいがあります。落葉広葉樹が多く、紅葉も見事でしょう。藩政時代当時を味わうことのできるよい街並みです。詳しくはこちら… 日本家系図学会誌「姓氏と家系」第29号が、令和5年6月30日発行されました。 姓氏と家系 令和5年-1 第29号(会誌通巻第117号)
--
<目次>
・東京国立博物館所蔵『武田族譜』の考察 ‥ 真野信治
・日向米良諸氏(門川・須木・紙屋)の系譜について ‥ 山邉尚幸
・陸奥の石城国造と岩城氏一族(上) ‥ 宝賀寿男
・湯川氏出自に関する小考
―併せて松本氏の出自の考察― ‥ 松永昂大
・近江三…