仁科神明宮(にしなしんめいぐう)神明宮は、皇大神宮御領であった仁科御厨の鎮護のため、この地方の支配者 仁科氏によって、伊勢神宮内宮が勧請され創建されました。以来、1000年以上にわたり20年に1度の式年造営が行われてきました。現在の建物は江戸時代のはじめのもので、わが国古来の「神明宮」の様式を正確に伝えていることから、本殿、釣屋、中門は国宝に指定されています。参道脇の大杉をはじめ、スギ、ヒノキなどが茂る境内や社叢は、県の天然記念物に指定されています。
日本家系図学会誌「姓氏と家系」令和7年-2 第34号(会誌通巻第122号)が発行されました。 <目次> 野火止の名刹平林寺は、武蔵野の面影を残す雑木林に包まれるように置かれた寺院です。境内林は国の天然記念物で四季折々の表情を見せますが、カエデ類が多く植えられ、埼玉県屈指の紅葉名所として知られます。詳しくはこちら… 金鳳山平林寺(きんぽうざんへいりんじ)は、臨済宗妙心寺派の修行道場で、伽藍の囲む境内林は武蔵野の雑木林の面影を残すものとして、国の天然記念物に指定されています。 岩槻にあった平林寺は、寛文3年(1663)松平信綱の遺命によって、現在の野火止の地に移されました。徳川家康の関東入部に伴い、家臣として上京した大河内秀綱は、平林寺の大檀那でしたが、秀綱の孫で松平家の養子となった松平伊豆守信綱は、三代将軍家光、四代将軍家綱のもとで幕府老中を務めました。その一族は代々大河内松平家廟所で供養され、平林… 日本家系図学会 令和7年度(第17回)総会を開催することとなりました。下記の要領にて開催いたします。会員でなくとも、興味のある方、入会を検討されている方など、日本家系図学会事務局までお申し込みいただければ、どなたでもご参加になれます。 - 記 - 千曲川の左岸河岸段丘に広がる塩田平は、独鈷山の麓に広がります。その山裾に位置するのが前山寺で、「未完成の完成の塔」といわれる三重塔が美しい姿を見せます。近くには別所温泉の八角三重塔(国宝)、青木村の大法寺三重塔(国宝)と、見事な搭の見られる地域ですが、自然の四季の移ろいとともに、その姿を輝かせてくれます。詳しくはこちら… 前山寺(ぜんざんじ)は、真言宗智山派の古刹で、塩田平を見下ろす独鈷山麓に佇む霊場です。本尊は大日如来、間口十間、奥行八間の木造萱葺の本堂は、元禄11年(1698)~享保12年(1727)の創建と推定されます。弘仁年中(812)空海上人が護摩修行の霊場として開創したと伝えられ、元弘年中(1331)讃岐国善通寺より長秀上人が来止し、正法院を現在の地に移し、前山寺を開山したといわれます。境内に建つ三重塔(国指定重要文化財)は、室町時代の建立とされ、三間三重で、高さ19.5m、屋根は柿葺です。二… 上杉謙信と武田信玄の一騎打ちのあった八幡原、これが事実であるかは不明ですが、激戦の地であったことは間違いありません。謙信と信玄は宿敵でありながらお互いをリスペクトする関係だったことを思えば、戦国の精神性や武士道を忘れてはいけないと思います。詳しくはこちら…
発行日 令和7年12月10日
・大和の筒井氏と乾党諸氏(上) ‥ 宝賀寿男
・甲斐に残留した南部氏について ‥ 真野信治
・南部(大浦)光信の津軽入部時の従士に関する検討(5)
~津軽為信の出自検討および下久慈の検討も併せて~ ‥ 岩城大介
・田中光顕の系図
─安土桃山時代以前を中心に─ ‥ 松永昂大
・コラム 旅…
場所 末日聖徒イエスキ…